六本木のニュージーランドアンテナショップに行ったら、カマイパウダーを売っていた。懐かしい。一袋購入。

カマイパウダーはサフランのような鮮やかな黄色をした非常に細かい粉で、これを小麦粉の代用的に(或いは小麦粉と混ぜて)、ソテーやムニエルなどにまぶして使う。僕はNZではラムチョップを焼いたり、サーディンのムニエル風のものを作るときに良く使っていた。

しかしこの時期にカマイというのもけっこう皮肉。NZには“カマイ・フィーバー”という言葉がある。これはカマイが大ブレイクしたとかじゃあなくて、“ヘイ・フィーバー”(枯れ草熱)と同じ、花粉症を意味する言葉だ。つまりカマイパウダーは、カマイの木から取れる大量の花粉だったりする。

木といっても、カマイはいわゆる幹のある樹木じゃなくて、巨大な草だ。南極圏周辺のニュージーランドでは、本来高山植物のような生態のものが、競合種がいなかったので巨大化したメガハーブと呼ばれる植生があって、カマイはそのなかでもとりわけ巨大で風変わりなものだ。

太い茎が巻きあった細身のクリスマスツリーのような形で、高さは3〜5メートルぐらいになる。葉はなく、かわりに春になるとごく髪の毛を笹状になめしたような、ツヤのある黒い花がびっしりと生える。このヒラヒラバサバサと風に揺らめく花(雄花)の裏側に、黄色い花粉がびっしりついているわけ。雌花はどこにあるかというと、花のてっぺんに、てっぺんを向いたひまわりの中心みたいなヤツがついてる。これが、主にニュージーランド南島カンタベリー平原などに群生しているのである。

この大量の花粉を集めて調味料にするわけだが、葉をはたけば取れるというものじゃない。花粉と葉はアミノ酸の水素結合でがっちりくっついている。自然の状態では、日が高くなり空気が乾燥すると同時に、もともと根毛から進化したと思われる雄花の細胞膜の作用が逆転して内部からも水分が奪われる。こうしてカラカラになった雄花と花粉の付け根のアミノ酸が寸断されることで、一気に花粉が放出される。そのタイミングで人間が花粉を採集する。

花粉の量はそれこそ日本のスギ花粉の比じゃない。よく日本でも露出を長くした写真に花粉がカスミのように映っているものがあるけれど、カマイは本当に周りが黄色くかすむのだ。大量の花粉で植生の優位を占めようという、よくある進化戦略なんだろうけど、カマイの植生は更に一歩先を行く。

カマイの群生が栄養的に限界に達すると、カマイはより多数の花粉を生産するようになる。乾燥した南島の平原で、細かい笹の葉状の雄花は多少の風が吹いただけではげしくこすれあい、乾燥する午後から夕方にかけて野火の原因となることがある。このタイミングで、群生カマイ花粉がいっせいに放出され、濃密な粉粒が空気中にあるととどうなるか。粉塵爆発が起こるのだ。

黄色いカスミが一気に爆発し、あたりは火の海に包まれる。まわりの草は焼き払われ、燃え盛るツリーからは金色に輝く花粉がなおも上昇を続ける。それは幻想的というか、悪魔的な魅力を踏めた光景だ。特に夕方にこの現象に遭遇すると、その美しさに目を奪われる。この光景は『ゴジラビオランテ』の植物怪獣のモチーフになったことでも知られている。

こうしてあたりの植物を自らの炎で燃やし尽くした後、舞い上がった大量の花粉は、灰の原野に転がり落ちた硬い雌花に接触する。受粉したカマイの種は、他の植物の成長を許すことなく、新しい世代のカマイが根を張ることになる。カンタベリ平原は、カナダ等と同じく氷河が後退した跡地だ。ここに森林が発達せず、平原として残ったのは、ひとえにカマイが強力すぎる植生を維持したからだといえる。

かつて南島に入植したマオリ族は(カマイはマオリ語だ)、焚き火をして花粉を分離させ、花粉を取ったという。のちに入植した白人も同じ手法でこの天然の香辛料を大量に集めた。その結果カマイは通常の支配的な環境ライフサイクルを維持できなくなり、一気に絶滅危惧種となった。いまは牧場の一角などで管理されて育てられている。

カマイはそのまま舐めると、なんとなく苦いような甘ったるいような味がするだけだが、ソテーのように焼きものにまぶして、塩をふると恐ろしく美味くなる。舌触りの滑らかさもそうだけど、甘しょっぱいというか、ものすごくコクが出るのだ。カマイを塩といっしょに水に混ぜても、異常なぐらいおいしく感じる。これは、カマイがアミノ酸核酸たんぱく質のカタマリだからだ。

炎に耐える花粉の殻の中には、20種類のアミノ酸のほとんどをが含まれている。玉子や蜂蜜ににた完全栄養食に近い存在だ。南島に移住した少数のマオリ部族は、小型の鳥類や海産物のほかに、このカマイの花粉を主食としていたらしい。NZにはそもそも哺乳類というものが人間以外にいなかったので、アミノ酸の効率的な摂取は非常に大変だったろうと想像がつく。

カマイの含むアミノ酸は人間に必要なものすべてを含んでいたが、その量のバランスは、人間にあったものじゃあなかった。ある種のアミノ酸は極端に量が少ないので、いわゆる桶の理論で、そのアミノ酸が不足することによって人間の成長が阻害される。

白人が入植した頃、南島にはマオリ族の姿は無かった。発掘をしてみると、ピグミー化したマオリ族の化石が、大量のカマイ花粉とともに、いくつかの場所で出てくる。恐らくマオリ族はカマイの味にハマってはいたものの、特に冬場はカマイに頼り切った食生活を続けた結果、正常な成長を阻まれ、遂には子孫を残せなくなってしまったらしい。

あたりを火の海にして自分以外の植生を焼き払い、その特殊な味と植生で人間ですらとりこにし、絶滅に追いやった。まさに植物の女王だ。