X-MEN ファイナル・ディシジョン

やりたい事、やらなきゃならない事がいっぱいありすぎて収集がつかず、結果どういう映画ができたかというと、全編暴力の嵐。 凄い映画だったわ。以下ネタバレ。

ミュータントの“治療”を人間から強要されたとき、当のミュータントはどう感じ、行動するのか、というSFとしてはやりがいのあるテーマを持ってきたのに、キャラクターは二言目には手をふりあげるヤツらばっかで、ことあるごとに超能力バトルになる。特に中盤、復活したジーン・グレイをプロフェッサーXが彼女の実家で説得するシーンはもう大爆笑。ただでさえ室内は念力合戦になってるのに、外で待機を命じられていたウルヴァリンが「もう我慢できん!」と叫んで飛び込み敵味 方入り乱れての筋肉バトル。挙句の果てに一戸建ては空を飛び、パトリック・スチュワートは微笑みながら原子レベルに分 解される始末。こいつらどう考えても危険だわ。やっぱり全滅させるべきでは?

そんな直接的な暴力描写に目を奪われがちだけど、真摯にテーマを見据えれば、本作は実はもっと冷徹で恐ろしい、倫理の問題を、まっすぐに描いていたのかもしれない。

クライマックス、ミュータントの存在を脅かす治療薬もろとも人類世界を破壊しようとするマグニートーの圧倒的な攻撃のさなか、主人公たちが目の前に無造作に転がってきた治療薬の注射器をじっと見つめるカットがある。このシーンが、実はこの映画でもっとも暴力的なところかと思う。彼らは正義のミュータントでありながら、恐怖の象徴である“治療薬”で、マグニートーを人間にして問題を解決しようとしているのだ。こういう倫理的葛藤はグッと来るものがある。

そんなこんなを詰め込んで、ぐでぐでになった末に愛を語って幕を閉じたこの三部作、結局これは、「存在していないテレビ シリーズ」の総集編映画だったんだな。
ミュータントと人類の長い闘争の中に、多数のキャラクターが織り成す様々な物語があって、細かく見てゆけばそれぞれ美 しい物語だったはずだ(コミック読め、か)。それを語る場が作られず、なぜか総集編だけを作ろうとしたんだから、それはうまく行かなかったんじゃないかと思う。

エンドロールの後のオマケには、思わず客席からもエェーの声が。