食い意地日誌:どこへ行くのか和食編

某所で某した某さんと某某が某となって再びおごっていただくことに。時間が早くこんな時間からお酒までいただいて良いのかしらん。

まずはビールだがイギリスのなんちゃら言うビールで、これでも薄い方だがまだ泡に濃密な風味を感じる。ビールというのは実はちょっと苦手というか苦労する存在で、酒としては軽すぎるのでそれのみでは物足りないクセに、メシを喰いながら飲むには個性が強いと思う。ゆえにもっと水のような当たり障りのない、ハイネケンなどがちょうど良いと感じるのであった。僕は。同時に食すは鯛のカルパッチョ等。しかし各皿良心的というか、値段に相応してかなりヴォリュームがある。

その後それほど沢山皿を頼んだわけではないが、常に大皿が2,3枚はテーブルの上にのってる感じで、食いでがある。和食なのでさっぱりしたモノを、的な感じだが、食べてみるとどれも濃密というか、バイ貝など目に見えて脂っこいわけではないが、こってりしている感じ。珍しく赤い方のワインを頼んだんだけど、理由としてはさっぱり感より濃度をとことん楽しもうと思った部分がおおきいカモ。カモといえば鴨肉だが、ああカモだなあ、という感じだった。さばさば感強くて。ちと残念カモ(ヒトに御馳走になっといて書く言葉じゃないだろが)。いやホラ、どうせモダンな創作和食である程度洋風の濃さを加味するなら、カモももっと脂っぽいほうがトータルで美味しいかなあと。

ギョウジャニンニクは名前も知ってたし今までも無意識に食べてたんだろうが、言われて食べるとなるほどなあ、という感じ。自家製豆腐はこれも意外と淡白。あと日本酒は二種類いただいたけど、どちらもそれぞれ別の味で良かった。わたしゃ日本酒は味が違うつうのがかろうじてわかる程度で、どれが美味しくどれがドロ臭い、つうとこまではまだわからん。もっと飲ませてくれ。

まあこんなものを御馳走になりながら、絶対味覚というものはあり得るのかという事を話したのでした。例え絶対音感のようなものが味覚に関しては無く、各味項の度合いがアナログに変化するものであっても、ピアノが88鍵しかないのと同じように、或いは可視域が紫外線以上赤外線以下に限られているように、味項にも上限下限があるはずで、リミットがあるのならその中でヴァーチャルな味階をつけることができるのではないか、とか。そんなことをその場で思いつきつつ。



しかし一番印象に残っているのは、その後に入った喫茶店で食べたジャンボシュークリームだった。生クリームが動物性か植物性かなんて目の前にあの量が出てくりゃ関係ねェ。ガツガツ喰っちまった。