壮大なる迷子
さて。ワールドカップだ。オープニングセレモニーのNHK中継は木村拓哉の誤用だった。あの使い方はイヴェントづくりに携わった人々はもちろん、木村氏本人にも失礼だと思う。ああいう「才能がまるで無いように見える」出演をさせるとは。
きのうはイングランドがどっかの北国とマッチして引き分けたんだけど、なまはげか日本赤軍のように恐れられていたスフーリガンは、とりあえずは出なかった。かわりに日本の繁華街の各地で何が出たかというと、物凄い数の迷子ガイジン。
きのうがきょうにかわった頃に僕の目の前に現れたイングランドのニイちゃんも、そんな迷子のひとりだった。ニイちゃんは僕に向かってむちゃくちゃ下町訛りの英語で語る。「アンタ、フォンニアーレイラーにあるネアントゥケイ・アパートを知ってっか!?」知るかっ。
よくよく聞くと、「ホニャララにあるナントカ・アパート」であることがわかる。やっと最初のハードルを越えたものの、しかしホニャララ地区は広いし、ナントカ・アパートというネーミングも“メゾン・ナントカ”とか“ナントカ・マンション”ならまだしも、ストレートにアパートつうのは考え辛い。ここでほぼ絶望的。104に電話して一応登録があるかどうか聞いても、ナントカという名前自体がない。地区は広いしキーワードは漠然すぎてオペレータも絞り込み様が無い模様。こりゃ無理。
こんな感じでサッカーの為にわざわざ地球の裏側から来た人は、飛行機代と1ゲームのチケットだけでイッパイイッパイで、滞在場所は友達のイトコの友達の日本在住のイギリス人(しかもコイツはサッカーなんか実はちっとも興味ない)のアパートに転がり込むという例が非常に多いと思われる。あるいは多少貯えがあって安ホテルをとっていても結果はおなじだわな。要はそうやってうろ覚えの場所に入っても、夜になって仲間とパブに繰り出しテレビ観戦しながらしこたまビールを流し込めば(ヤツラは決まってビールだけを延々延々延々延々延々延々飲みつづける)、日付が変わる頃に自我に戻るとこうなると。
異国の地のど真ん中で、迷子。これは実際やってみると、恐怖以前に非常にプラクティカルな焦燥感がある。僕も一度なったことがある。カネ足りるのかとか友達や家族になんて言おうとか明日の予定とかヴィザの事とか部屋の荷物がどうなるのかとか、妙に現実的な問題が頭に浮かんで、不安や恐怖を感じるヒマがない。僕の目の前のニィちゃんもそんな焦りの表情で、僕の電話を使ってなんとか思い出した番号を片っ端からダイアルして、とりあえずパブで知り合ったイギリス人を呼び出すのだった。
「ようスティーヴ! あぁそうだ。いや楽しくやってるんじゃねえんだなコレが。オイ。俺の泊まってるアパートの名前教えてくれ。知らない!? どうしてだよ!」アカの他人だからだろ「どうやって帰るのかわかんねぇんだよ! なに? ここは……。 ここどこ?」ここはチョメチョメ「オーケィ、チョメチョメだってよ。知らねえ!? おまえ日本に住んでるんじゃねえのか!?」一応37万平方キロあるんですが「わかったよ! ああそうだ。……ありがとよ。……なんてこった今ごろアパートにいるハズなのに! アイ・ワナ・■ァッキン・ゴー・ホーム!」出た四文字F語! しかもその内容がまるで4歳児!
と、そのとき。ホテルから出てきた金髪碧眼でながーい足に黒のピンヒールをひっかけた、おもいきり高級エスコートな白人美女が目の前を通り過ぎた。きっと各地のホテルの部屋ではリッチなサッカー観光者たちが、この日の為に世界各地から集まってきた流しのプロスティチュート(いるんだよこういう仕事で世界を股にかけてる人々がまた)とたのしいひとときを過ごしたんだろう。そんな彼女を呆然と眺めるニィちゃんの、あまりに複雑な感情を秘めたその眼! 哀しい。哀し過ぎる。
けっきょく彼は、次の電話に出た誰かがどこかまで迎えに出て世話してやるというコトでなんとか話が治まったようで、タクシーに乗って消えて行いった。サッカーの為に世界の裏側までやって来た彼に、幸あらんことを。