キムジョンイル、独裁者の苦悩と決断。

ナードってのは世界共通で、「自分の楽しいことだけやっていたい」性質の強いひとたちのことだと思う。まいんち小説ばっか読んでたい。映画ばっか観ていたい。ファンフィク/同人マンガばっか作っていたい。僕で言えば、海外ドラマばっか観ていたい。しかし、彼らの現実世界でのどうしても逃げられない宿敵「義務&責任」は、そんな好きなことばっかやってる人生を許さない。努力も犠牲も嫌いだし何しろ夢を実現させられる「行動力」というモノが大きく欠けている一般ナード人種は、結局のところ現実世界となんとか折り合いをつけて、逃げつつ逃げつつ惰性で生きてくわけだ。

可哀想なことに、世界には超巨大な「義務&責任」を無理矢理負うハメになってしまったナードいる。北朝鮮のキム ジョンイルだ。彼がナードであることは、彼の外見を見れば一目瞭然。まだ責任なんてこれっぽっちも無かった若い頃には、自分の大好きな怪獣映画を、日本からゴジラのスタッフを呼びつけ、自らの手で作ったこともあった。ところが父親から一国の支配という最高の権力を受け継いだと同時に、彼は一国の存続というどうしようもなく重い責任を負ってしまった。国内のお寒い情況。南からのプレッシャー。外国からの冷たい視線。まわりには政治と軍事しか頭に無く映画のエの字も知らない馬鹿ばっか。しかしほっときゃ国民みんな飢えるのみ。基本的にナードは主観性が強く感情移入が得意なので、国民を放置することは彼は感情的にできない。なんとかしなければならない。責任を全うしなければならない……。毎日毎日考えたくも無いことを考えて、出たくもない会議に出て、したくもないスピーチを強要される。……地獄だ。もうなにもかもブン投げて、いっそ戦争するか? いや、ナードほど戦争がイヤな人種はいない。そんなもんすれば更に責任は増え、自由時間は減り、大切な8mmコレクションは壊されるかもしれず、ましてや自分の命を奪われるかもしれない(ナードの執着心は究極的には生への執着心だ)。来年にはゴジラの新作がまたあるのに……!

どうしようもない責任の重圧に耐えられず、絶望と疲労が頂点に達したそのとき、彼はナード魂というパンドラの箱の奥底にこびりついていたほんの少しの「行動力」を使うことなった。馬鹿どもの助言とやらをブッちぎり、感情のおもむくままに、南と仲良くしてしまうのだ! 実際のところ可哀想な国民を飢えから救うにはそれが最良だったし、おりしも南鮮は日本文化を解放したばかり。ひょっとしたら日本のアニメやマンガや怪獣特撮がこっちでも観られるようになるかもしれない! 大義と個人の欲望が一致したのである。

更に彼の一時の決断は、結果的に悪からぬ未来への道を開くことになった。いままではもし南に負けたらと怯えていたが、この雪解けムードなら、北の体制崩壊は南への吸収合併という結果になる公算が非常に高い。少なくとも戦争は起るまい。自分は権力の座から外されて軟禁されるだろうが、それは部屋の中でひとり特撮映画を毎日観てダラダラと一生を過ごす、まるでナードの理想の日々である。更に更に、実際動き出してみてわかったことだが、この南北サミット会談で自分はまさに、ダイナミックな政治スペクタクル映画の主人公として救国のヒーローを演じようとしているのだ。それに気づいた彼はもう会談を演出する演出する。手始めに予定を1日ずらせミステリアスさを演出、次に空港に南の大統領を前触れも無く出迎え衝撃の登場、最後の条約締結では部下に揉めに揉めさせた後、自らの決断でカッコ良く筆をとる! まさにナードのファンタジーの実現! 彼にとってナード地獄とナード天国は、まさに紙一重だったのである。

会談を終えて今ごろ、キム ジョンイルは独りベッドの上でゴロゴロしながら、自分の演技を振り返りニヤニヤしているに違いない。

さて、世界で最も有名なナードはもうひとりいる。こちらは公式な権力は全く無いが責任だけはデタラメに重い、ウチの国の皇子様だ。ほんとはイギリス留学時代みたくファミコンばっかしてたいのに、皇室の一員として生き方すら束縛される日々。果たして彼が皇位を継いだとき、その責任の重圧に耐えられるのであろうか。僕としては、耐えられないほうが面白いんだけど。見せろナードの魂!

  • 朝コーンフレーク。
  • 昼食べず。
  • 夜韓国風お好み焼きやらキムチチゲやらいなり寿司やら、手作り。